いづつきものがたり誕生秘話

インタビュー 「いづつ きものがたり」誕生秘話

いづつ 五代目・山田智久

―いづつ さんといえば絞り染ですよね。
それがどうして京友禅、それもきものの誂えなのですか?

山田:伝統の染を絶やしてはならないと思ったからです。京鹿の子絞にしても、京友禅にしても原点はきもの、手仕事の極みだと思いませんか。 私自身、手描友禅の修業を体験したことがきっかけになりました。絞り染だけでなく、京友禅を取り巻く環境にも違和感を覚えるようになったからです。

―友禅の修業をされたのは いつのことですか?

山田:芸大で手描友禅を学んで、卒業後は友禅染工房の研修生として職人修業をしました。ご存知かもしれませんが、手描友禅のきものは、下絵から、糊置き、色挿し、蒸しなど、20ほどある工程の積み重ねで仕上がります。
3年という短い期間でしたが、京友禅でも一流とされている工房に住み込んで、その仕事に触れることができました。

いづつ 山田智久

職人さんは自分の仕事に対して骨惜しみしないし、妥協もしない。仕事に対する姿勢は半端ではありません。
江戸時代からの技法を受け継ぐ工房で、それを身もって知ったことはまたとない経験になりました。
そうして世に出てみると、いろいろなことが見えてきたのです。

―いづつ にはいつ入社されたのですか?

山田:家業に戻ったのが2003年です。まずショックを受けたのは、和装業界の厳しい現実でした。 需要の低迷に中国製品との競合が加わって、絞り染の業界も失速していましたから。 分業体制の中で一番弱い立場にある職人さんにも影響が及んで、腕のある職人さんが次々と廃業に追い込まれていました。

―京友禅の職人さんも減っているのですね。

山田:手描友禅の花形といわれる友禅師もその例にもれず激減しています。 ところが、手描友禅として流通しているきものは増えているのです。なぜかというと、型を使って手描友禅風に仕上げたきもの、 インクジェットプリントのきものまでが手描友禅として出回っているからです。中国製が京友禅として出回っている場合もあります。

―ということは、手描京友禅だと思って購入しても、そうではないものもあるのですか?

山田:問題はそこなのです。明治以降、京友禅は量産に向けていろいろな制作方法が工夫されました。 型友禅もその1つ。そのおかげで、友禅のきものは一般に広く普及しました。今ではインクジェットプリントでもつくられるようになって、選択肢はさらに拡がりました。 消費者はその中から求めるものを選べばよいわけで、手描友禅ではないこと、プリントであること、京友禅ではないことを明確にしてあれば、問題はないのです。

―手描友禅かどうかは、私たち素人が見てもわからないのですか?

手描き友禅 糊縁

山田:絞り染め同様、手描友禅も染料が裏まで染み込んでいますから、色に深みが出ます。手描友禅をそれなりにご存知の方にはわかるかもしれませんが、初めてご覧になる方には見分けが付きにくいかもしれません。手描友禅は一般に、模様の輪郭が白い線に縁取られています。 染料が染み出さないように糸のように細く糊を置いて色を挿すからです。

とはいうものの、それだけでは判断できないと思います。 手描友禅は全工程を手作業で行うため、完成した着物はどこか人間臭さが残ります。

―確かに、きものの値段も、販売の仕方ももう一つ釈然としないところがありますね。

山田:いざ晴れ着が欲しいとなると戸惑う方が多いのではないでしょうか。 新たなきものブームは若い女性にはじまって、男性にも拡がっています。ところが、私たちの親の世代がきものに馴染んでいません。 親から子へと受け継がれてきたきもの文化はすでに途絶えています。 ですから、きもの品質の良しあしも分からないまま、価格を拠りどころにして選ばれる方も多いのではないでしょうか。 そんな弱みに付け込んだ販売方法も見受けられます。

それだけではありません。 ほんものの手描友禅まで評価を下げるという悲しい事態が起こっています。良心的に仕事をしている生産者にまでしわ寄せが及んで、職人さんの少ない収入はさらに目減りしています。 みなさんがその実態を知れば、きっと絶句されることでしょう。 分業体制の中で弱い立場にある職人さんは、悲鳴を上げようにも上げられないでいるのです。 後継者難どころか廃業の一歩手前まで追い込まれています。

―職人さんの仕事の価値が正当に評価されていないということですね。

手書き京友禅 柄アップ

山田:こんな時代だからこそ、ほんものの良さを伝えていかないと、伝統のものづくりは立ち行かなくなってしまいます。 そう思ってはじめたのが、お客さまが職人と出会うことからはじまる「いづつきものがたり」です。
一枚のきものを誂えるために、お客さまはつくり手と出会って、その美意識やこだわり、技術に裏打ちされたきものづくりの心に触れていただく。

そして、つくり手は、その方が喜んでくださる姿をイメージしながら仕事に励む。ものづくりの喜びはそこにあると思うのです。 それが新たな創造の活力になれば、これほどうれしいことはありません。

―「いづつきものがたり」を始めて1年、手応えはいかがですか?

山田:良いきものを求めていらっしゃるお客さまはいらっしゃるのだということを実感しています。 真摯にきものづくりに取り組む職人さんと手を携えて、ほんものを安心な価格で提供していきたいと決意を新たにしています。

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